月夜見  
“狐にあぶらげ攫われる?”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  

 
 今時のお嬢様たちはご存知ないかもしれないが、ちょこっとだけ昔、タモリさんが司会を務めていた『ボキャブラ天国』という“知的エンターティメント”と謳ったバラエティ番組があった。耳に馴染みのあるヒット曲の歌詞やCMフレーズ、流行語や諺などを、音だけを生かして全然別な言い回しにしてしまうという、一種の言葉遊びを一般視聴者から募り、それを短いシチュエーションビデオに起こしてみて、どれだけ笑えるか、はたまた小粋であるかを評価した、早い話が駄洒落の品評会みたいなもので。爆笑問題さんやアリとキリギリスさんも、この番組の常連だったんですよ? ここで例題を連ねることは、著作権云々とかいうのに引っ掛かりそうなのでご勘弁なのだが、そういった“駄洒落”の出来を楽しむという遊び、何とそれを立派な年中行事の一つとしていた風習が既に江戸にはあったという。
 別のお部屋で展開中のお話でも、丁度の只今浚っているところの春の行事に“初午”というのがありまして。二月最初の午
うまの日を稲荷神社の総本山、伏見大社に神様が降臨なされた日としたもので、人々はそれを祝ってお祭りをした。今でこそ極寒の時期になってしまうが、昔の暦だと三月の中旬から末にかけてとなるので、丁度お花見直前辺りの気候のいい頃合い。町内の辻やら路地の奥、大店や武家屋敷の庭にもあった稲荷の社をその日だけは万人へと開放し、ご近所の方々も招き入れのお赤飯や田楽を振る舞い、子供らは太鼓を叩いて回ったりしと、皆でにぎやかに祝ってお祭りとした…のだが。そんなお祭りと同時に披露されたのが“地口行灯”というお飾りで。路地の奥などにあった稲荷の社までの板塀などに、幾つもの行灯を並べて掛ける。そこには、歌舞伎の有名な台詞や和歌などの一節を、音だけ残しての全く違う駄洒落に作り替えた言い回しと、それを絵にした漫画っぽいイラストとを一緒に描いて飾り、気が利いた作品だろうがと町ごとに出来を競ったりもしたのだそうな。物知りの真似をして慣れないことをしようとし、敢え無く失敗する話の多い落語もそうだが、元ネタの歌舞伎なり和歌なりを前以て知らないとオチが今一つ理解出来ないものを競うというところが、当時の江戸っ子、つまりは庶民たちの、知的水準が高かったことを裏付けることともなり、何とも粋な遊びだったと言える訳で。………でもだからって、同じ駄洒落ばかりをいつまでも持ちネタにしていると“おやじギャグ”と言われかねないので、ネタは常時新しいのと変えることをお進め致します、はい。




            ◇



 ここ、グランド・ジパングは、さほどに目を見張るほどもの先進の藩ではないながら、それでも 気のいい人々が幸せに暮らす、長閑で豊かなお国であり。そんなお国柄のせいでか、季節の折々には何かしらにかこつけて催されるお祭りが多いこと多いこと。まだ桜の満開には早いけれど、何の、だったらその前の初午を祝おうと、朝から神楽や祭り囃子が鳴り響く中、神社では愛らしい稚児たちが精一杯に着飾っての行列を作って繰り出して、一生懸命練習した舞いを奉納し。花を飾った山車が町内毎に曳き出され、境内には縁日の出店が紅白の幕を背にずらずらと並び…と、春を前に否が応にもウキウキと気分が盛り上がること請け合いで。

 「〜〜〜♪」

 そんな賑わいに沸く境内を、その手へ緋色に白に緑という三色の花見団子を…花束もかくやという本数、器用にも束ねて握りしめ。鼻歌交じりに雑踏の中を泳ぐようにして歩いていたのは誰あろう、此処、グランド・ジパング名物の岡っ引き、ルフィ親分ではあるまいか。赤い格子の着物を裾をからげての尻はしょり、足元を引き締めるは少々洗い晒した紺パッチ…というお決まりな姿もなかなか決まった、まだお若い親分さんだが、先代からの名跡を継いでからまだそうそう日も経ってはないというのに、それはお元気な活躍により、悪党共を一網打尽に打ち捕りし手柄には枚挙の暇がないという凄腕で。ゴムゴムの実を食べて得た能力を生かし、腕や脚がぐんぐんと伸びては強烈な拳を振るったり、逃げる相手を十数人ほどもまとめて搦め捕ったり。何とも奇抜な捕り物で、グランド・ジパングの平和を守っておいでの人気者だ。先だっても、着物の袂や懐ろを切るという乱暴な手口のスリ一味を、根こそぎ取っ捕まえた大手柄へと、藩主コブラ様からご褒美をいただいたばかり。
“けどよ、ナミんトコであらかた“ツケの支払いに”って没収されちまったがな。”
 まま、金子
きんすで持ってたって結局は食べ物に変身させてしまうのがオチな、食いしん坊な親分なのには違いなく。今だって、差配違いの神社の境内、何か起きたところで管轄は違うのだが、それでも見回りと称して歩き回ってる彼のお目当ては、はっきり言って…お手柄へのネタではなく、縁日の食物屋と来ているから世話はない。菜の花の浅漬けを混ぜ込んだ菜花飯のおむすびや、木芽和えの味噌を塗った田楽、糖みつの利いた干しアンズに、甘い匂いを振り撒きながら焼かれてるせんべえ、串に刺したお団子と。ああもうっ、口が空席になる間がねぇじゃんかっと、お務めもそこそこに存分に楽しんでいるご様子な親分だったりしたのだが、

 “あれ?”

 屋台と屋台の狭間から、ちらりと気になるものが見えた…ような気がして。鼻歌交じりの浮かれた足取りで通り過ぎかかってたところ、何だったのかなと確かめるべく、そのまんまの巻き戻し歩調にて後戻りをしてみれば。

 “………あ。”

 屋台に並べる商品やら食べ物やら、その補充や支度用のあれやこれやを積み上げた、いわゆる舞台裏を隠すことも兼ねた紅白の幕の陰。そろそろほころび始めてた桜の樹の幹に凭れるようにして立っている、結構な美人の姐さんがいて。年の頃はもういい年増といったところか。…あ、こないだのお話にも出て来た、この“年増”というのは、今現在の世で使われている“中年女性”という意味とはずんと違いますのでご注意を。平均寿命も違えば女性の適齢期だって違った江戸時代、二十歳を越すともう 女性は“年増”と呼ばれており。とはいえ、主には…その年頃なのに正式な結婚もしないで常磐津の師匠なんぞやってる色っぽい熟女への、好奇心や賛美を込めた熱視線を搦めもって“いい年増”という使われ方をしたのだそうな。で、そんな嬋っぽいお姐さんが、人の目を避けるかのようにそんなところで、意味深な笑みを浮かべつつ、誰かと向かい合っていたのだが。

 “あれって…。”

 まんじゅう笠で顔を隠していたっても、がっつり張った肩や筋肉質な二の腕、笠の縁を摘まんでる手の大きさなんかで、すぐにも誰かが判ってしまう親分さんだったりし。
“ゾロじゃんか。”
 お手配の人相書はなかなか覚えないくせに、こっちには背中を向けてる墨染めの雲水姿の誰かさんを、きっちりと見分けている現金さよ。咥えてた団子を、無意識のままに むぎゅむぎゅ・もぐもぐと、串から齧っては食べ、齧っては食べしていたものが、串だけになってもガジガジと齧り続けてしまったくらいの、心ここにあらず状態であり。そんなところへ、

 「…っと、ごめんよ。」

 すれ違いざまにぶつかった若い衆があって、懐ろから巾着を掠め取って行ったそのまま…実は帽子の提げ紐とも繋がっていたんですよな代物だったので。強引に引っ張られ、ゴムの弾力にて首ごと持ってかれそうになり、視界がいきなり横になったことで初めてハッとし、
「…何してやがんだよっ。」
「あわわ。」
 人が思わぬ放心状態になってたところにつけ込みやがってと、ちょっとばかり勝手なプレミアまでつけてのお怒りから、巾着の紐を引っ張り戻して手元へと引き寄せたスリ野郎。財布から手を放させると、ぐぐんとその拳を背後のかなり後方へと引いて引いて引いてから、
「ゴムゴムのピストルっ!」
 ばちこーんっと殴り飛ばしたは、境内の端っこに設けられてあった警邏の詰め所へまで。どこぞかの三十三間堂での射弓の儀式もこんなではというほどもの遠距離射撃だったけれど、周囲の方々も慣れたもの。親分が“ゴムゴムの〜”と構えたときは、その進行方向を空けるのがこの町の常識になっていたので、巻き込まれた被害者も出ずに済んだものの。
「…。」
 親分の方はもとより、そんなことへまで気を回している場合でもなかったらしくって。(って、おいおい)

 “…なんだよ。そのお姐さんって誰なんだよ。”

 今の騒ぎも届かないほど、話に没頭していたか。嫋やかに笑っている彼女から…もしかして あしらわれてでもいるものか。ゾロの方は少々怒っているような、憮然としたお顔をしていたが、それにしてはなかなか話は尽きないらしく、立ち去り難いという風情でいるお坊様なのが…ルフィ親分にはちょこっと歯痒い。

 “なんだよ、なんだよ。”

 俺だとサ、逢えてもサ、擦れ違いざま、頭にポンって手を置いて“元気か?”なんて言うだけで行っちまうこともあるのによ。
“あんなに沢山お喋りして、笑わせてくれたりなんて逢い方、まだあんまり してもらったことねぇのに。”
 ………親分、それって そんな回りくどい言い方じゃなく、世間様では“逢い引き”っていうんですぜ? 膨れてるからにはご不満であるらしく。だが、

 “…あれ?/////////

 でもあのサ。俺、頭をポンってされるのイヤじゃない。あ、こより巻いてないのに逢えた、凄げぇって。なんか嬉しくなるもんな。面白い話をしたり、こっちのドジを見てたぞなんて持ち出したりして、笑ったり拗ねたりするよな逢い方だって、しないって訳じゃないのにさ。なのに、なんで…こんな むむうってなるんかな。なんでこんな詰まんなくて口惜しいのかな。

 “???”

 今度は自分への“?”が沸いた親分の視線の先、何でか大きな肩を落としたゾロは、懐ろから何か取り出すと、それをお姉さんの手へと渡した。遠くて小さくてよくは見えなかったけど。お姉さんはそれを、白い指先でつまんで確かめるようにして陽にかざしたので、きらきらときれいに光ったその燦色からして、翡翠とか瑪瑙とかいう軟石じゃあない宝石、青宝珠とか金剛石みたいな貴石だってのが察せられ。

 「………。」

 あれって物凄い高いんだぞと、そのくらいはルフィだって知っている。日本ではほとんど産出されないからこそ、抜け荷や何かで引っ張りだこな商品として扱われている代物であり、正式な流通の上で買おうとしたら、
“団子がどんだけ食べられるか…。”
 親分、親分。何を引き合いに持って来てますか。
(笑) そんなにも我を忘れちゃってしまいましたのか?
「…。」
 それほどのものをほいと渡すような相手なのだということが、そのまま何を意味するか。それこそ、窃盗や抜け荷なんぞのお調べにも関わって来た身だ、判らぬ親分ではなくて。

  “…何だよ、やっぱ生臭坊主じゃんかよな。”

 人別帳にも名を記してはいない、在所不明の風来坊。ぼろんじと自分で言ってたような身なりのみならず、そんな身の上だってことから察しても、およそ怪しいばかりな男だのに。あのお姉さんは初めて見かけたけれど、実は他でも、お女中たちが彼の噂を取り沙汰してたの、耳にしたことがあって。

 『見た見た? あのお坊様。』
 『見たわよ、お夏っちゃんがチンピラからからまれてたの助けられててさ。』
 『通りすがり、わざと肩をぶつけて素っ転ばして。』
 『そうそう。そいで、
  すまねぇな、俺りゃ肩先には目がついてねぇんだなんて言って。』
 『そのまま乱闘騒ぎ…になるまでもなく、
  チンピラの方が羽交い締めにされて、
  そいで、大声で泣きわめきながら逃げちゃったのよねぇ♪』

 俺も知らねぇ見てねぇとこで。そんな乱暴な…カッコいいことしてたんだって聞いてサ。許せねぇって思って、でも、女の子助けたんなら呼び出してのお調べする訳にもいかねぇしさ。どうしたもんだかって思ってた矢先にこれだもの。
「〜〜〜。」
 最近では、優男よりちょっと悪そうな奴の方がモテるって“かざぐるま”のサンジも言ってたしな。どっかの大店とか旗本とかの跡取りの坊ちゃんよりか、鳶職や火消しの兄ちゃんの方がモテるってのなら昔っからだしな。だから、ゾロも、あちこちで目立つことやっちゃあお女中衆にモテてたんだ。そん中でもすこぶるつきに美人な、さっきのお姉さんといい仲なんだ。だってよ、じゃあねってお姉さんが離れてった後、はぁあなんて息ついて、でも。クススってすぐに笑ってたし…サ。
「うう…。」
 気がついたら自然と足が動いてて、そんなものを見ちゃった場から、ほてほてと遠ざかっていたルフィだったりし。にぎやかな雑踏、お喋りや売り声とお囃子とが混ざって聞こえる中、何となくの張り合いなく、ぼんやりと歩き続けていると、

  「おっとと。どしたい、シケた顔してよ。」

 ぽすんってお顔からぶつかったものがあって。堅いような、けど壁とか木の幹とかいう堅さじゃなくて。布で巻かれた温ったかいもので。
「どしたどした? まさか、歩きながら、団子食いながらその上に寝てまでいたのか? 親分。」
 おどけるような言い回しとその声に、反応も悪くのゆっくりと顔を上げれば、

  「…この、女ったらしの生臭坊主。」
  「ご挨拶だな、そりゃあ。」

 顔見ていきなり、そんな風に呼ばれて、褒めてくれてありがとうと喜ぶ者はまず居なかろうが。それにしては…その賢そうな堅そうなおでこには青筋も浮いておらずの、むしろ苦笑を浮かべてるだけなお坊様。
「見回りかい? ぼや〜〜ってしてっと串が喉に突き刺さるぜ?」
 言われて手元を見やれば、無意識のままに齧ったものだろうお団子の束が、今や殆ど串だけになっており。手元に近い、緑色の草餅のところだけがまばらに残っているばかり。
“緑…。”
 何でだろ。避けて食べなかったのかなぁ。同じ団子だってのに、そんな勿体ないことするなんて、俺、俺…。
「? 親分?」
 手元の串の束を見下ろしているばかりだった小さな親分さん。いつもお元気なのに、こういうお祭り騒ぎも大好きだろうに、この様子はどうしたことかと、今になって怪訝そうに首を傾げた、緑頭のお坊様。お〜いと声をかけながら、お顔を上げさせようと手を伸ばしかけたところが、

  「こんのすけべえ坊主がっ。
   美人な年増に入れあげて、ケツの毛羽まで抜かれっちまえっ!」

   ………おおおおお。

 いきなり怒鳴ったルフィだったのへ、いくら喧噪が物凄いとはいえ、さすがに周囲の人々ははっとしてその視線を彼へと向けたし。向かい合っているのが“お坊様”には違いない以上、あの男のことだろか、そうじゃない? だっていかにも精力有り余ってそうな、いやえっとげほごほ/////// そうさな、いかにも好きそうな坊様だわな。

  「…あのな。」

 聞こえよがしに言いたいを放題され、さしもの豪快な坊様でも少々カチンと来たらしく、その眉間に深々としたしわが寄る。世間ってのはなかなかに無責任なもんなんだって、お坊様。
(苦笑) だがまあ、そっちは彼にしてみりゃどうでもいいことであったらしく。それよりも、
「何で俺が、美人な年増に入れあげて、ケツの毛羽まで抜かれっちまわねぇとならんのだ。」
 おおう。いやに正確に復唱しましたね、お坊様。それほど胸に響いた名罵声だったのでしょうか。
(こらこら) 怒っているというよりも、訳が判らんという困惑げなお顔になっている彼であり。これがいつものルフィだったなら、すっとぼけた演技かもしれないと疑うこともなく、逆に“え?”なんて我に返りもしたろうほどの自然体。とはいえ、
「だってさっきっ。きれいなお姉さんに、青い貴石を渡して…っ。」
 そこまで言い立てたルフィのお口を、真っ向から飛んで来た大きな手のひらがガツリと塞ぐ。ゴムの身だから痛くはなかったが、
「〜〜〜〜っ。」
 何だ何だ何すんだと、びっくりしてもがき始めるその痩躯ごとそのまま引き寄せると、懐ろの中へとくるみ込むよに抱え上げ、
「困った親分さんだねぇ。判った判った、待ちぼうけ喰わした詫びはするから。」
 だから機嫌を直しておくれな、お取り調べの場にはなかなか足が向きにくいのだ、俺らみてぇな ぼろんじはよ…などと。さも、自分がお呼び出しの約束をすっぽかしたかのような言い繕いをしながら、まずはとその場から離れることにしたお坊様。てきぱきした所作があまりに落ち着いていたのとそれから、
「親分が抵抗もしないなんてね。」
 いくら強そうなお坊様が相手でも…もっとごっつい体躯をした悪党だって、ゴムゴムの攻撃であっさり弾き飛ばしてる彼だと、これもやっぱり皆で知っているものだから。
「ありゃあやっぱり、拗ねていなすったんだろて。」
「何だ、そっかぁ。」
「やだわぁ、親分さんたら。相変わらずに子供みたいで。」
 何とも微笑ましいことよと、皆様あっさりとご納得された模様なのが、ここグランドジパングに平和が延々と続いてるモラルの高さというか…底力の源なのかもしれない。(う〜ん、平和ボケ?)




 神社の境内から出てしまっては、それこそ親分が警戒しようと思ったか。それでも、賑わいの気配がずんと遠くなった、社の裏手という外れまで、小脇に抱えたまんまで親分を連れ込んだお坊様であり。
「離せってば離せよっ!」
「うぉっととと。」
 全力ではないにしろ、途中からじたばた暴れてはいた親分さん。はいはいと足元からそっと降ろしてやれば、
「〜〜〜。」
 岡っ引きを相手に不遜であるぞというお怒りには到底見えない、どこか頼りないお顔になっているのが、妙に気になったゾロであり。だからこそ、適当にあしらって“じゃあな”で済まさず、そこらを問いただしたくての…ちょいと強引な“連れ去り”に出た彼だったのだが、
「親ぶ…。」
「俺っ、見たんだからな。黒地に百合だかなんだか、長い花の柄の着物着たお姉さんと話してたの。」
 そん時に貴石を渡してたじゃねぇかと、いうことならしいと。彼の“見た”一部始終とやらにやっと納得がいったお坊様。
「…ふ〜ん。」
 ううう〜〜〜っと、仔犬が鼻の頭にしわ寄せて精一杯の威嚇の唸り声を上げているかのような、怖いんだか可愛いんだか、どっちつかずな御面相になってるルフィへ向けて。成程ねぇと…こちらさんはなかなかに落ち着いたお声を出してから、

  「貴石なんてものを、しかも結構遠目だったろに、よく見分けたな、親分。」

 ははぁそりゃ凄いなと、感心して見せたから、

  「………はい?」

 意表を衝かれての生返事。大きな双眸をなお大きく見開いて、親分さんがキョトリとしたところへと、
「親分が見たお姉さんっつか年増ってのは…ここだけの話にしてほしいんだが、実は本山からのご使者でな。」
「ご使者?」
「ああ。俺は昔、修行途中でしくじっちまった、言わば“なり損ない”の坊主なんだが、本山の師匠たちはなかなかに慈悲深い方々で、時々様子見にって、ああいうお姉さんとかお武家様風の男衆とかを送り出して来るんだな。」
 何でお坊様じゃないんだ? もっともなことを訊くルフィへ、
「そんなことして、俺なんぞと立ち話してるとこを他の宗派の奴に見られたら、あることないこと言われかねねぇ。そしたら、立派な坊様たちの所業に傷が残るかもしれないじゃねぇか。」
 ぶっつけで大嘘がつけなくてどうしますかのお庭番様もなかなかのもんだが、
「あ・そっか。」
 すんなり納得する岡っ引きの親分さんてのも、逆の意味から凄いかも…。
(苦笑)
「そいで、だ。俺と違って、あちこち自由に行き来が出来るご使者の方だからよ、そこを見込んで頼んどいた買い物があってな。」
「買い物?」
 またまた、何をまた突拍子もないことを言い出すの?と、あんなに怒っていたのもどこへやら、もうすっかりとお坊様の話術へ取り込まれている親分が、ひょこり、小首をかしげたその鼻先へ、
「ほれ、これだ。」
「………あ。」
 大きな手のひらの上へひょいっとばかり、それは無造作に取り出されたのは、

  「南蛮渡来のはちみつ菓子じゃねぇかっvv

 玉子と小麦の粉と、それから砂糖に蜂蜜まで足して。饅頭の皮みたいに、蒸したか焼いたかした甘味もの。指先で軽く押せばすぐに元に戻るほどふかふかな、金色の甘い甘い菓子が、桐の箱に1本丸ごと入っており、
「凄げぇなあ。俺、ビビの…あいや、えと…知り合いの茶会ってので出たのを1回しか食べたことねぇぞ?」
 ビビと言えば、知る人ぞ知る、このグランドジパングの藩主の姫君だからして。そこまでの地位あるお人でなければお取り寄せもままならぬ、それほどに高価で珍しいお菓子であり。
「これをな、頼んだその代価に。渡したのが、親分さんが見たっていう貴石な訳だが。」
「お、おう。」
 凄げぇなぁ、そんな高い菓子なんだ。もはやそちらへ感心が移っているようなので、よしよしとほくそ笑みつつ、さて。坊様、もう一頑張りだ。
(苦笑)
「貴石と見ぬいたはなかなかの目利きだったが、親分、いくら貴石でも小さいんじゃあんまり値打ちはねぇんだぜ?」
「え?」
 そうなの?と。素人みたいに訊いて来る。それへと大きく頷いて見せ、
「確かに俺りゃあ、さっきの年増へ貴石ってのを渡したが、ありゃあそんな大きなもんじゃねぇ。前にどっかの後家さんが、御伏せにって托鉢の鉢へ入れてくれた“指輪”っていう飾りもんでな。輪っかになった金具の端っこに、ちょんって小さい石がついてるんだが。」
「ちょんって?」
 繰り返した言いようが、あんまり可愛らしかったので。ああと頷きながら“くすす”と笑ってやれば、
「な、なんだよっ。///////
 おうおう可愛いねぇ。この藩じゃあ、可愛いのはこんな怒り方するのが決まりかい? 確か、青っ鼻のトナカイ医者も、褒めたりおだてるとこんな怒り方しなかったかな?
「ま、そういう訳でな。何かあった時にって取っといた指輪をこの菓子の代価にってねだられて。それで差し出してたって訳だ。」
 ああやっと一幕分を語れたぞと、肩から力を抜いたのを、傍らの社の屋根の上、危なげなくも腰掛けている黒髪のお姉さんが、笑いを咬み殺しながら見ている聞いている。
“よくもまあ、そんな長々とした作り話を…。”
 繰り広げたもんだわねと。ああやっぱりそうでしたかという絵空事、しかもこんな長いのを、あのお坊様がよくもまあ紡げたと、そこへ感心しておいで。
“これは抜け荷の証拠品で、しかもしかも、今お城へ滞在中のおーらんだの姫の冠から盗まれたもの。これだけは一刻も早く取り戻さないと、王家の管理能力が問われて、下手すりゃクーデターが起きてしまうそうだってんで、大急ぎで殴り込んでもらっての取り返してもらったものだのに。”
 そんな荒っぽいお仕事の話なんて、勿論のこと言える訳がなく。どう誤魔化すのかなと思っていれば…ロビンさんを本山からの使いに仕立てての大弁舌。
“ま、きっちりご協力いただいたんだから、せいぜい話を合わせてはあげるけど。”
 見返りにはかすてーらをと言われたのへと、さすがに驚いたのが藩主のコブラ様。
『…都のお庭番というものは、そんな洒落たことを言うものか。』
 堅苦しい貸しや借りになんてしないで、そうだな、菓子でいいやなんて。そういう順番で物を言ったと思い込み、うんうん出来た人物よなんて悦に入ってらしたけれど、

  “まさか。あの親分への貢ぎ物だっただなんてねぇ♪”

 なあなあ、そいでさ。
 んん?なんだ?
 坊さん…じゃねぇ、ゾロは甘いものが好きなんか?
 さてなぁ、腹が膨れるもんなら何でも食うし、好き嫌いはねぇが。
 なあなあ〜〜〜。
 だから何だよ。
 その菓子、だけどもさぁ。
 ああ、これな。
 うんっvv
 珍しいもんだって言うから冥土の土産に食ってみたかったんだが。
 うんうんvv
 さすがに全部は胸が焼けるかなぁ。
 じゃ、じゃあさ、俺が手伝ってやろっか?
 けどなぁ、親分さん、さっきまで何へか俺へ怒ってなかったか?
 う…。
 そこへこんなもん差し上げちまうと、賄賂で取り入ったみてぇだしよ。
 ううう………。
 …くっくっくっ♪
 うう?
 嘘だよ。俺はどっちかってぇと酒の方が好みでな。
 …じゃ、じゃあ?
 食っていいぜ…って、あ〜あ〜。

 もっと落ち着いて剥がさねぇと、ボロッボロになっちまうぞ? 苦笑混じりの余裕で忠告していたところが、ふっと手に現れた竹の水筒へギョッとしたお坊様。そうですよね、かすてーらって、飲み物がないと喉につかえるときがある。
“…まさかっ。”
 どっかからここでの一部始終を見てやがったなと。件のお姉さんの能力もご存じだったからこそ少々焦った坊様には気づかぬまま、こちらは打って変わっての幸せそうに、甘くて柔らかい南蛮のお菓子を頬張る親分さんだったりし。

  「美味ぇ〜〜〜っvv
  「そっか、よかったな。…おっと、水はここだ。落ち着いて食いねぇ。」

 親分が幸せならば、どうしてだろうか自分もまんざらじゃあなくって。こんな妙なものを“仕事”の取引条件に持ち出したのだって、元を正せば…この親分さんが子供ら相手に自慢していたのが聞こえたからだと来て、

  “何だかなぁ。”

 この国のお暢気さに取り込まれつつあんのかなぁと、やっぱり苦笑が絶えなかった、隠密のお兄さんだったらしいです。次は桜のお祭りですね。こんな風な、甘やかな出会いが持てればいいですねと、ソメイヨシノよりも先に咲く、白八重の山桜がこそり微笑っていたそうです…。




  〜Fine〜  07.3.26.〜3.27.


  *ちょぉっと個人的な事由から、
   ばたばたのすったもんだをして夜明かしした頭で、後半は書きました。
   絵描きさんの間では、ついつい台詞の応酬にばかり偏ってしまった作品を、
   “顔まんが”とか言うそうですが、
   だとすればこれって“台詞SS”というところでしょうか。
(う〜ん)
   ゾロが口が達者だっていう設定からして訝
おかしいのかもですが、
   そこは“隠密”だからということでご容赦を…。
   カステラは私も大好きで、
   GINSOUのを牛乳と食べられればもうもう天国ですvv

ご感想などはこちらへvv**

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